
走っても走っても続く、果てのないような大地。乾いた土、むき出しの山々、どこからか来て吹き抜けてゆく風、間を流れる水、背の高い木々と枝垂れる緑、日本の何倍もの広さのオーストラリア。
人々は都市に集まり、それぞれの事情でそれぞれの棲(す)み家を持ち、きっと一人では生きてゆけない。小さないざこざから国と国との戦いまで、その底にいるのは個人のはず。個人の周りには家族がいる。誰もが生まれた時から家族に守られ、自然に触れ、自然の中で育つ。傷つけられながらも黙々といる自然。家族と自然は同じよう。
その自然も、重い腰を上げるかのように、地球のあちこちで洪水・干ばつ・嵐・地震と警鐘を鳴らし始めている。その警鐘にどう応えたらよいのだろう。
日本よりはるかに広い地域から日々集まってくる患者さんは、様々な症状で苦しんでいる。踏み切らざるを得ない手術も多様だ。大黒柱先生はすべて英語の世界で、毎日が修行のようだと、体を張ってパワー全開である。夜も日本から持参した本を見ている。何だかんだと奥さんが話しかけても、へえと聞き流している。それでも週2日程は6時過ぎに帰宅して家族で食事ができる。毎晩夜中に帰宅し土曜も仕事、という日本の状況からすれば、大違い。奥さんも優しくなれる。遅くまで開いているマーケットに出かけ、安い食材を見て回るのも先生の気分転換。1本1000円のワインは高い方で、500円程度で十分と、ワイン造りの盛んな国に広がる文化にも触れて、大満足な先生。飲めない奥さんも飲み始める。
そんなある夜、大きなカートを先生と押しながら買い物をしていた時のことだ。子供がいない事に気付いて捜すと、小学1年のSO君が少し肌の色が茶色い男の子といるのが見えた。最近イランからきた子だ。頭を白い布で覆(おお)った母親がにこやかにそばを歩いている。イランの子はとてもうれしそうに、黒い瞳をまっすぐにSO君に向けている。SO君は少し大人びた表情で笑うように話している。奥さん、しばらく遠くで見ていたが、その表情の謎を知りたくて、そっと近づいて笑いかけた。SO君のお母さんと知っているその子は、にこっと笑い、「ジャネ」と体を返すSO君にも笑いかけて、母親のところへ走って行った。
「お母さん、あいつ全然しゃべれなかったのに、英語話せるようになったよ。うまくなったなって言ってたんだ」
その子は皆と離れてすわり、静かにしていた。まず最初にその子に声をかけたのが、SO君だった。何か言ってもじっとしている彼の背に手を回して、みんなのところへ連れて行ったのだ。それから、彼はいつもSO君のそばにいた。奥さんには、小さなSO君がそれは大きく見えて、ジャガイモやニンジンが山と積まれた間で、雨上がりの青空を見ているようにうれしくて、一人にっこりしながら、無邪気に走り去る子どもを追った。
(大田整形外科クリニック by高江)