
住まいと小学校を探す事が、教授の家での2週間滞在中の最大の仕事。先生一家は地図を片手に、土日を使って車で市内を回り始めた。貸家を探す場合、新聞(アドバタイザー)に掲載されている物件を見て、1つ1つに電話をかけ、家主と話し、日時を決めて実際に見に行く。中を見た上で決まれば、ひと月分の家賃を支払い、引越しとなる。この電話の役目は奥さんに課せられ、この修行が奥さんを強くした。
最初は上品な声で、丁寧な英語で話したはずだったが、電話の向こうは色々な方々がいる。「イヨウ、家カイ、イイヨ、見ニクルカイ?」と言われ、「合点デイ、ジャ、イクカラナ、アリガトヨ」と応えている自分に、はっとするのであった。上品になど構えていられない、通じればそれでよい。
先生たちの目に留まった家は、活気のあるお店の続くイタリア人、ギリシャ人の多い地域で、町の中心に近い。道を挟んで学校のほぼ向かいにあり、子供たちの様子がよく見える。小さな庭、応接間、2つの寝室、台所、ファミリールームと呼ばれる居間、月7万円の、オーストラリアでは小さな家。大家さんは、ギリシャ人。
学校入学は、とても簡単である。前校に在籍していた証明があれば、直接校長と話し、特に問題がなければ許可が出る。5歳児は、レセプシヨン、6歳児から1年生となる。授業料は、公立で年間約1万円、私立で年間約50万から60万円前後であるが、外国人に対して、私立の場合割高になり、現地の人には補助が出るようである。資金が乏しいので、迷わず先生一家のSO君は、入学式もなくノウウッド公立小学校の1年生となった。

まず、驚くのは様々な色の髪の毛、肌、目。オーストラリア人、ギリシャ人、イタリア人、アジア系などが均等の割合だ。さらに、日本と大きく違うことに、校長先生はじめ担任の先生方が「いつでも学校に来ていい」とおっしゃる。下の子もどうぞ、と。実際、SO君のお母さんは3歳になる弟と、毎日教室や校庭に出かけた。いつもにこやかに迎えられる。アルファベットの読み方しか知らないSO君が慣れるまで、少しはましである母が通訳の役割をする。もし、誰もいなくても、学校の方から助っ人をつけてくれる。また、英語の特別授業をすぐに開始してくれる。受ける子供は時間が来ると、教室を抜け出して、その教室に行く。特別授業は、子供の理解度によって打ち切ることも続ける事もできる。
まったく英語を話せない少年は、同じ子供と遊びたい、その気持ちだけで、いとも簡単に異言語の世界に入りこんでしまった。子供の性格に拠る所も多いが、なじめない場合、決してほってはおかれない。子供は、全神経を使って相手の言う事を理解しようとし、まねをし、分からなくてもついて行こうとする。そうしているうちに驚異的な速さで相手と同じ言葉を話せるようになる。授業の中で、アルファベットの形が反対でも、順序が違っていても先生は決して笑わない、怒らない。「今日はエムを上手に書けたのよ」とか、目に感動を込めて、「見て、文章を書いたのよ」とバラバラな字を母に見せてくれる。それは、あたたかく、ありがたくて母は言葉を失った。
=写真はノウウッド小学校1年の教室