
「ヘイ、ドン、リッスン」と言うのが耳に入ってきた。食事用のナイフを教授に向けて、その目は半分おふざけで、半分真剣に見える。日本語なら「おい、聞けよ、ドン」といった雰囲気である。
ドナルド教授が、イギリスから単身でやってきていた医師とうちの先生のために、2人の同僚を招いて自宅の裏庭でバーベキューパーティーを開いた時のことだ。うちの大黒柱先生の仕事仲間と初めて会った奥さんは、半分しかわからない英語が飛び交う中、必死でわかったような顔をして、にこやかにやり過ごそうとしていたが、目の前の光景に、ごまかし笑いは消え、自然に、「ちょいと待ってください」と、その医師・ロイのナイフの手を両手で押し戻そうとしていた。その手を軽く払い、茶目っ気を増して彼の会話は続いた。
忙しい毎日の中で、なかなか話せない仕事上の事、特に、聞こえてない医師たちの思いを、教授は信頼している部下から聞こうとしていた。他の人たちも普通に笑っている。うちの先生もビール片手に笑っている。教授は思いがけない事を聞き出したようで、「へぇ」と興味津々のようだった。
Tボーンという部位の骨の周りが一番美味しい、と説明を受けて食べていた奥さんは、ただ一人、話の内容を知りたいわ、わからないわで、目は真剣である。思わず、「イツモ、コンナフウデスカ?」と教授に聞くと、「ニホンデハ、ナイカイ?」と楽しそうに答えが返ってきた。教授に対してナイフを突きつけるなどゲームでもしていない限りあるはずがない。強い信頼感とユーモアか、親しい部下、同僚とはこんな調子だという。同席のイギリス人先生も、教授が自宅に若手を招く事自体あまりないという。食べるよりおもしろいテーブル上の会話に、奥さん、口をあんぐり開けて参加していた。

コーヒーを飲んでいた頃である。教授がズボンのベルトを持ち上げ、ゆっくりと立ち上がり、にやりとこちらを見た。ロイと連れ立って庭の奥へ、暗がりの中を歩いていく。「何?」とうちの先生と首をかしげながら姿を追うと、一番奥の辺りで止まった。あれまあ、暗闇に浮かぶ二人の医師は、背を向けて庭の隅で仲良く放尿をしていたのだ。二匹の犬も皆もそしらぬ顔で、驚かない。
オーストラリアでは、医師はいわゆる開業医であるホームドクターと、専門医に分かれていて、大学卒業後2年間の修行の後に選択する。専門医になるには厳しい研修がさらに6年続き、最後に解剖から臨床まで5日間にもわたる試験に合格しなければならないという、日本より厳しい基準があった。うちの先生は、日本では専門医であるが、オーストラリアでは修行中の医局員として仕事をしていた。オーストラリアで専門医になるためには同様の修行と試験が必要だ。
病院での忙しさと緊張をほぐすように、異国の者たちも自然に受け入れてパーティーは終わった.お皿を片付けながら、それにしても鮮烈なるカルチャーショックを受けて、うちの先生も奥さんも、もう何がおきても驚かなくなったのである。
=写真はロイヤル・アデレード病院のエントランス
(大田整形外科クリニック by 高江)